人見知りの私が社長になるまで 第十五話

Nは会社の通帳と実印を人質に取った上での
多額の退職金要求
今までの儲けを全て奪い取られる最大のピンチ
山本は、どんな手段で通帳と実印を奪還したのか
120万の負債が、資産に変わった瞬間とは・・・
果たして・・・

Nさんの交渉のやり方をいつも側で見ていました。
Nさんは、良く言えば交渉上手ですが、率直に表現すると、
エグい交渉をする人間であり、手段を選ばない人間です。

今までは、そのエグい交渉のお陰で、良い条件で仕事が出来ていました。
ある意味、コミュニケーションラインの最大の武器だったのですが、
それが180度反転し、強暴な凶器となって襲い掛かったのです。

Nさんは、独立する前までは、毎月700回線以上を
コンスタントに取るトップ営業でした。
コミュニケーションラインを立ち上げてからは、
一度も営業に出たことはなく、Nさん曰く、社長業に専念していました。
傍目で見る限りNさんの社長業は、毎日昼過ぎに寝ぼけた顔で事務所に来て、
基本はパソコンを見てるだけ、たまに気が向いたときに
上位代理店や工事会社に交渉しに行くだけでした。

あっ、もう一つNさんの社長業を忘れていました。
Nさんを慕って前の会社から合流した、
S事務員によくセクハラしていました。
お尻を触られたSさんの「キャーッ!」という悲鳴が
事務所を越えて廊下まで響き渡ることは日常茶飯事でした。
Nさんを慕って追いかけてきたSさんだから、
内心は喜んでるのだろうと思い、誰もNさんにセクハラの注意はしなかったので、
どんどんエスカレートしていたようです。なぜそれがわかるか?
悲鳴の声が日に日に大きくなっていたからです。

あと、経費を使って、コピー機を買ったり、日経新聞を取ったり、
事務所の移転を勝手に決めたり、Nさんの社長業はこんなもんだったと思います。
社長業に専念と思っているのはNさんだけで
私を含め残りのメンバーは、ただサボっているだけと思っていました。
自分たちが汗水たらして稼いだ営業の売上げを、一円たりともNさんに
払う気はサラサラありませんでした。

しかし、Nさんの事ですから、20万円や30万円で引き下がるわけはありません。

Nさんは口癖のように「おれが本気で営業回ったら、おまえらの3倍は取れる。営業に専念して稼げるおまえらがうらやましいわ~」と恨めしそうによく言いました。
よってNさんの要求金額は口に出さなくても、
もし自分が営業に回っていたら1000万以上稼いでいたと換算して、
その前後の金額であることは予想できました。

当然ですが、Nさんは営業を回っていないので、その売上は会社に入っていません。
通帳残高に1000万はあったと思いますが、それはNさん以外が営業で稼いだ分で
創業時に決めたルール「営業マンが稼いだ分は、経費を引いた残りは営業マンに分配」
に従えば、給与日が来ればほぼ残高0円になります。

当時、トップセールスは私でした。もしNさんが1000万を退職金として
持ち去ったら、一番の被害者は私です。
ある程度一括返済したのでプロミスの借入残高は
大分減ってはいましたが、それでもまだサラ金生活継続中の身でした。

あと一回、給与日が来れば大金が入るので、プロミスに留めの一括返済をしてやり、
ワイルドにプロミスのゴールドカードをへし折って、
永遠の別れを告げる予定でした。

しかし、このままでは、せっかく開き始めた「新たなる人生の扉」も
またガチャンと音を立てて閉まり、元金が一向に減らない、
返済がほとんど利息に取られてしまうという
恐ろしい無限サラ金地獄に逆戻りです。
地獄の釜口がゆっくり開き始めたのです。

それは私だけでなく、KさんやSさんも同じ状況です。
KさんとSさんは、月末に入る予定だった給与を充てにして、
当時の武富士のCM「レッツゴー!」と口ずさんで無人機で資金調達し、
大阪のミナミで飲み歩いていました。

皆それぞれ、様々な事情を抱え、また夢見ながら、
日々、飛び込み営業をし続け稼ぎ出したお金が、
コミュニケーションラインの通帳に集結しています。

Nさんは、最初から時が来るのを狙っていたのかもしれません。
すべてはNさんの掌の上だったのでしょう。

迷っている時間はありませんでした。
Nさんが、勝手に退職金を決めて、振り込んでしまう前に、
何らかの回答をNさんに示さなければなりません。

Nさんの退職金をいくらにするのか?
まず各々で一晩考えて、その考えを翌日の会議で話して決めるということになりました。

家に帰ってから、フトンに寝そべりながら考えました。
「全員で土下座したら、100万くらいで許してくれるかな」
「弁護士に相談して、口座を凍結できないかな」
考えているうちに邪な気持ちも出てきて
「Nさんとグルになって、一緒に出て行けば、自分の取り分は確保できるかな」
人間として最悪な考えも頭によぎりました。

何時間考えても、これという方法は見つかりませんでした。
そこで、気分を変えようと思い、日課としていた、120万のローンで購入した、
成功哲学のテープを聴きました。

成功哲学は、一巻一巻成功者の談話等で構成されていました。
その晩、手に取ったのは、自動車王ヘンリーフォードの巻でした。
ヘンリーフォードは説明するまでもないと思いますが、
当時不可能と思われていた、自動車の大量生産を実現し、
自動車の低価格化、一般大衆の自動車普及に貢献し
一代で莫大な富を築いた人物です。

ヘンリーフォードは、インタビュアーから尋ねられました。
インタビュアー 「成功するのに必要不可欠なスキルを一つだけあげるとしたら?」
ヘンリーフォード「相手の立場になって、物事を見たり考えたりする能力。
               これさえあれば成功できる。ほかに何も必要ない」

その言葉を聞いて、私の頭の中で化学変化が起きました。
今まで、自分の立場でしか物事を考えていなかった。
Nさんの立場になって、物事を考えてみようと思いました。

すると、今までと違った見え方、考え方が出てきました。
NさんはNさんなりに、僕等を喜ばそうと行動し努力していたことに
気付きました。
エグい交渉をして取引先から憎まれても、僕等が喜んでくれたらいいと
思ってくれていたことに気付きました。

ところが、私たちは自分の営業の取り分の事しか頭にありませんでした。
良い条件を取ってきてくれるNさんに対して、何の感謝もなく
営業をサボりやがってとしか、見ていませんでした。

そもそもNさんがいなければ、コミュニケーションラインは誕生すら
していません。

Nさんは、自分の気持ちが通じないことに憤りを感じ、
退職金要求をせざるをえない状況になったのだと思います。

退職金をいかに安く抑えるか?でなく、
Nさんの立場だったら、今何をして欲しいか?
を考えるようにしました。

Nさんの夢はNTT一次代理店になること。
一次代理店の権利を譲ってもらうにも、法人各が必要です。
Nさんはコミュニケーションラインを離れると法人を新たに作る必要があります。
新たに会社を作るには、お金が必要です。
代理店業を軌道に乗せるのも、ある程度の運転資金が必要です。
Nさんが必要としている、「法人」と「運転資金」を
残りの6名で用意してあげる、それを退職金代わりにすれば、
我々の気持ちもNさんに通じるし、Nさんも喜ぶだろう
という案です。

そして、翌日の会議で、私の案を皆に言いました。

具体的には、コミュニケーションラインが500万出資して、新会社を作る。
その新会社の代表はNさん。それでNさんに念願のNTT一次代理店になって貰う。
代理店経営が軌道に乗り出た利益で、コミュニケーションラインが出資した
500万の株式をNさんに買い取って貰う。
うまくいけば出資した500万も戻ってくるので、退職金を払うよりずっと得です。
あくまでうまくいけばの話ですが・・・。

私の案を聞いて5名の顔はみるみる険しくなりました。

事務員のSさんだけは「山本さんの案は素晴らしいわ~」と感動していましたが、
Sさんの懐が痛むわけでないので、私を含めた6名とは立場が違います。

私の説明が終わってから、しばらく沈黙が続いた後、
5名から矢のような批判が次々と私に放たれました。

「Nを信用していいのか!」
「Nは、また新会社を悪用するのではないか!」
「Nは、出資金の500万を持って逃げるのではないか!」
「Nは、何をするかわからない人間だろう!」

私も昨日までは、皆と同じでNさんの事をを全く信用していなく、
恨みもあり、早く出て行って欲しいと思っていました。

そんな私が、たった一日で全く正反対の事を言うわけですから、
批判するのも仕方がありません。
批判されるのは覚悟の上でした。

5名の中でも、最も痛烈に批判したのは、最年長のKさんでした。

「おまえは頭がおかしいのではないか」
「おまえは裏切り者だ」
あげくの果てには、「Nとグルではないか?」と
私を疑ってきました。
結局、Kさんが激高した為、会議は紛糾し
結論が出ないまま終わってしまいました。

タイムリミットは迫っています。
今日中にはNさんに何らかの連絡をしないと、
Nさんが勝手に決めた退職金で、会社のお金をごっそり
抜き取られてしまうかもしれません。

そして、痺れを切らしたのかNさんから私の携帯に電話が入りました。
何も決まっていないので、電話に出たくはありませんが、
無視するわけにも行きません。

もしかしたら、時すでに遅しで
「もう時間が過ぎたから、退職金1000万は、
振込完了しました。空っぽの通帳と実印を取りに来てください。」
と言われるかもしれません。そうなれば一巻の終わりです。

高鳴る鼓動を抑えながら、Nさんの電話に出ました。
すると「おー山本、決まった?」と思ったより明るいNさんの声でした。
その明るさがよりいっそう不気味さを感じさせました。
「すいません、まだ決まっていません」とNさんに言いました。
ここで言葉が終わってしまうと「じゃあ、もういいわ、自分で決めるから」
と言われかねません。なので間髪入れず次の言葉に繋げました。
「まだ決まっていませんが、私の考えは言いました。それは・・・・」
と会議で5名に説明した内容を話しました。
私の一方的な話が終わってから、2、3秒の静寂が流れた後、
Nさんから意外な言葉が返ってきました。

「あっ、そう。退職金の件は冗談やから。」
「あまりに腹が立ったから、おまえらが どんなに困るか見たかっただけ。
 生活費の30万だけくれたら、株も返すし、通帳も実印も返すから」

Nさんの言葉を聞いて、ガチガチに力の入った体から、
スーッと力が抜け、思わずその場でへたり込みました。
意外な言葉と言いましたが、私の心のどこかでは、
Nさんならこう言うだろう、という一縷の期待があり、
ある意味、その期待通りの言葉でした。

ただ、もし退職金30万と言っていたら、どうなっていたのか?
Nさんの真意はわかりませんが、もしかしたら根こそぎ退職金として
持ち去ったかもしれません。

教材からのヒントで、九死に一生を得ました。
120万円の負債が、120万円の数倍以上の資産に変わった瞬間でもありました。

そして、後日、30万円をNさんに支払い、
無事に会社の通帳と実印は返してもらいました。

給与日、予定通りの金額を貰い、すぐプロミスの無人機に向かい、
残りの一括返済をしました。
液晶画面の一括返済を力強く押した瞬間、
開きかけた地獄の釜口がパタンと閉まり、
新たな人生への扉がまた開き始めたことを感じました。

プロミスのゴールドカードは、ワイルドにへし折る予定でしたが、
万が一を考え、まだ取って置くことにしました。

そして、Nさんが去り、6名での新体制のはじまりです。
トラブルメーカーのNさんが去ったので、
これでようやく平和が訪れる。
落ち着いて営業に専念出来ると思えたのも束の間でした。
Nさんの影に隠れていて、今までわからなかった、
新たなトラブルメーカーが6名の中から現れたのでした。

Nが去った後、誰が会社の実権を握ったのか・・
Nが去った後、6名の力関係は・・・
6名の中で、誰が問題を引き起こすのか・・・
山本は、どうやって社長になったのか・・・

次回に続く・・・

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